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2007年2月

2007年2月28日 (水)

C11190号機

C11190_07_02_24_01  今日は鉄軌近代化補助金の審査で、一日バタバタして疲れましたが、先週末の2月24日に参加した大井川鐵道の蒸機夜行のポジが出来上がりました。夜間ライトアップシーンは難しくて、勝率5割程。今回はトキナーの28~70㎜を主に使ったので、光源やハイライトは綺麗ですが、暗部のコントラストがイマイチでした。蒸機夜行は週末までにスキャンできるかな。
 一枚だけ、24日の臨時SL列車(団体降車後の回送)が田野口駅を通過するシーンをアップしてみます。今年は本当に暖冬で、田野口の紅梅は盛りを過ぎて、白梅が観頃を迎えていました。夜の運行に備えてシールドビームの補助灯を増設した190号機が駅を通過して、白煙とドレンを噴いて再力行。惜しくも日差しが弱くなってしまいましたが、山間の小駅に相応しい柔らかい景色が観られました。

2007年2月26日 (月)

♪汽車を待つ君の横で

僕は~♪時計を気にしてる♪♪
3月下旬に冬眠から覚めるパレオエクスプレス。春のなごり雪の景色を走る姿は努力賞なんですよね。C58363_88_3_2701
 このシーンは復活後間もない1988年3月27日で、パレオが通過するお昼過ぎまで、薄っすら雪化粧が残りました。この後も、20年の間には本格的な雪景の中を走るシーンが幾度か叶いましたが、私はお呼出が・・・。雪景色とパレオが撮れたのは20年で2回だけです。でも、数年前の春のドカ雪の時は、前日飲んじゃって車は寄居に置いたまま。三脚とカメラ抱えて車を取りに行こうとしたけど、寄居まで行く八高線が乱れて・・・諦めて朝から深々と降り積もる雪を観ながら、Sayさんから届いた「雪で真っ白だよ」ってメールを読んだ時には、悔しくて雪観酒を始めちゃいました。
 毎年、大人気の秩父SLカレンダーですが1・2月はバレオが走っていないし、雪景色は努力賞でしょうね。それから、秩父鉄道の長瀞ライン下り(アドベンチャーなど他の船では無理かも。)とパレオの組み合わせも。
 今年は暖冬で、秩父谷では白梅が観頃になってきました。雪景色どころかパレオが冬眠から覚める頃には、桜が咲き出すかも。20年の間で温暖化も著しくなったようです。

2007年2月25日 (日)

蒸機夜行

050225022  先週末の24日は大井川鉄道のイベント、SL夜行列車に乗車してきました。24日の朝着いて、田野口駅で紅梅を絡めて撮影。今年は梅花が早くて盛りは過ぎていましたが、柔らかい日差しと汽車のドレンが良かったな~。夜行列車はC11190号機が牽いて、ライトアップ撮影会は最高で、宿に着いてからもお酒を飲んで寛ぎながらお話できたし。 今日は笹間渡温泉に浸かってビールを飲んだ後、河津桜と汽車を絡めて撮影。最高の2日間でした。
 撮影したフィルムが早く見たくて、熊谷の写真屋さんに寄って現像を頼んで、無事に帰っています。お世話なった皆さん、ありがとうございました。(画像は一昨年撮影した190号機です。)

500形電車

S51_07_31_01 1962年から1967年に日本車輌で2連×9編成が製造された500形電車。側面の客室扉は片開きが2箇所で車内には長いロングシートが。当時流行していた湘南タイプの前面に大型ヘッドライトが2灯。秩父らしいデザインで良いな~。三峰口に停車中で、奥にチョッとだけ写ってるのはクリーム色の東武8000系ですが、冷房装置は積んでいないようです。側窓が開けられているので、撮影したのは夏です。
  よ~く見るとチョッと珍しいシーンですが、お解かりいただけましたか。そう、豪華な秩父オリジナル車の6両編成なんです。

2007年2月22日 (木)

12系客車

Pc12_1 もう直ぐ20周年を迎えるパレオですが、1988年から1999年12年間は、茶色い旧型客車を牽いて走っていました。客車がパレオカラーの12系に変わったのは2000年の運行からですが、それ以前にも12系のパレオが運転されたことがありました。
 C58363に続いて1989年にJR東日本でD51498号機が復活。整った旧客編成を牽いて復活を図りたかったようで、JRから借り入れていたパレオの旧客が青い12系と差し替えられて運行されました。(ま~たく、JRは強気で我侭なんだから。)元々、JR制式12系客車は秩父でも確認されている車両で、以前から直通乗入れで走っていましたので、試運転なんかは行われず、回送&いきなり営業運転。当時は珍しくもない12系ですから撮ったのはこのカットだけ。今ではJR東日本に残る12系客車はD51498号機用の数両だけで、もっ撮っておけばよかったな~。パレオ用12系誕生秘話は、ネタ切れに備えて後日ということで・・・C58363_89_05_pc12

パレオ20周年写真集

C58363_88_2_0702 秩父路を20年間走り続けたパレオエクスプレスの勇姿をまとめた写真集付記念乗車券が秩父鉄道から発行されます。現在、秩父鉄道ではC58363が秩父路の蒸気機関車として復活する前(吹上小学校に静態保存されていた頃の姿等)の写真や復活当初(懐かしい旧客時代)の写真や資料を募集しています。
 写真や資料は選考のうえ、SL運行20周年写真集付記念乗車券やその他20周年記念イベントに使用されます。

■ 募集期間:平成19年2月20日(火)から4月20日(金)まで(必着)
■ 応募要領:カラーまたはモノクロのプリント写真(サービス判以上)で、何点でも可。
応募用紙(秩父鉄道の公式ページでダウンロード)に必要事項を記入のうえ、裏面にセロテープで貼って郵送または宅便で送付してください。
返送希望の場合は住所、氏名を記入した返信用封筒と切手を同封してください。
郵送先は、〒360-0033 埼玉県熊谷市曙町1丁目1番地  秩父鉄道 SL運行20周年写真集係です。古いパレオの写真をお持ちの方は、詳細を下記で確認して、応募されてはいかがでしょうか。

※ パレオエクスプレス20周年記念写真集付乗車券の詳細は秩父鉄道公式ページでご確認ください。
※ 応募要領他の詳細は公式Web Log "SL PALEO'S WEBLOG"をご覧ください。

2007年2月21日 (水)

ひまわり畑

だ~ぃ 好きなのは~♪ ひ~まわりのたね~♪♪
パレオがまだ旧客で、確か2000系(旧東急7000系)電車が入線する以前でしたから、1989年か1990年頃、大麻生-明戸駅間の田んぼが向日葵畑になったことがありました。ホンとに見事な向日葵でしたが、花は午前の強い日差しが当たる東側を向いていて、パレオは夕暮れの5002列車を逆光で狙うしか手がなくて。カメラを構える人は多いし、薄曇りの日に一度だけやっと撮ったのがこのシーン。この頃はネガカラーで撮っていたので退色が始まってるし、イマイチですがアップしてみましょう。また、こんな向日葵畑が線路際にできると良いな~
ここが向日葵畑になったのは20年間でこの年だけでした。C58363_himawari02

2007年2月20日 (火)

桜沢陸橋

Paleo_88_3_02a  昨晩はチョッとインパクトが強い海獣のエンブレムでしたので、今日は普通の画像をご覧ください。パレオ上り列車の定番撮影地の桜沢陸橋です。桜沢-寄居駅間の中間(閉そく信号機)付近で、この辺りは平坦か緩い下り坂で、桜沢駅まで続く曲線に入ります。
 急行電車だと寄居構内を抜けて猛然と加速し、この辺りはグッと減速する地点なんです。
まだまだ手探りの撮影で煙は諦めていたのですが、ご覧のとおりの白煙。チョッとしたサービスの黒煙だったら解るのですが、この白煙は力行するシリンダからの排気が小雨模様の空に広がっています。曲線制限に入る手前でも力行状態を保つ程の速度で運転していたのかな?。白いランボードのパレオは、もちろん営業運転開始前のシーンでして、なんとなく不思議なシーンです。
 ここは人気撮影地で時々サービスの黒煙は観られるようすが、シリンターからの排気でボイラーから牽き出されるモクモクした本気の煙は望み薄です。

2007年2月19日 (月)

海獣・・・

ボクは昭和19年2月19日に川崎車両で363番目に新しく造ってもらったんだ。
面と向かってそう言われちゃうと、す~かりお誕生日を忘れていて、申し開きも出来ません。
今日、2月19日は363号機のお誕生日でして、公式パレオブログに色々と我侭が書いてありました。パレプログのURLは、
http://www.chichibu-railway.co.jp/weblog/
です。皆さん、是非ご覧になってくださいね。秩父のパレオ情報はここが一番早いし、小さなお子様がご覧になっても楽し内容が沢山公表されます。(aroe嬢からパレブログへのリンクが無いとのご指摘を受けたので、喜んでリンクさせていただきます。)
さて、初代パレオくんはダボッとしたボディーが何ともリアルですが、このエンブレムはもっとリアル。オリエントエクスプレスのそれをイメージしたような豪華な雰囲気ですが、ロゴのメインで気持ち良さそうに泳いでるのは学習大百科事典の古代・自然史(古いな~)から飛び出してきたような海獣・・・で、しかも髭が濃いな~
これを初めて観た時は正直、私も驚きました。最近、ゆるキャラなんて言うのが巷で流行っているようですが、このテンダーのロゴは何に分類されるのかな???Paleo_logo_1988
やっぱり、二代目のほうが良いかな~

2007年2月18日 (日)

初代パレオくん

C58363_90_1002_2 SLパレオエクスプレスのオリジナルキャラクターのパレオくん。
海獣パレオパラドキシアの子供で、誕生日は2001年5月26日。
秩父鉄道公式Web Pageからの情報によると、チョッと太り過ぎで、趣味は美味しいものをいっぱい食べることだそうです。(誰かに似てるな~)
本当は、このパレオくんは二代目でして、初代のパレオくんは無骨な感じというか、小さなお子様が見るとチョッと怖いかも。
ヘッドマークも用意されていて、稀にパレオくんのマークを掲げて走っていました。
使われなくなった初代パレオくんのヘッドマークを見たSayさんは一言、「可愛くない。」と却下・・・
しばらくして今のパレオくんが誕生し、当初は担当者の趣味の域だったパレオくんですが、パレオエクスプレスのオリジナルキャラクターに成長しました。
ここだけの話ですが、Sayさんはムーミンの大ファンなんです。 Paleo2_3 

みつみね号

Deha_88_5_0801  パレオが運行を開始した1988年は、まだJRからの直通列車が運転されていました。
画像は115系4連の「みつみね号」です。観光シーズンの休日に設定された季節臨で、熊谷-上野駅間は普通列車に併結され、熊谷-三峰口駅間は快速運転されていました。休日の午前に三峰口まで下って午後戻るダイヤで、荒川橋りょうで待っていると、パレオに先行して走ってきました。
 煉瓦と花崗岩で積まれた橋脚と赤い鋼板桁が美しい荒川橋りょうを行く115系電車。当時は珍しくもありませんでしたが、20年を経た現在、JRからの直通旅客列車は全く運転されなくなってしまいました。

2007年2月17日 (土)

パレオエクスプレス営業初レ

C58363_88_3_1901  さいたま博の協賛事業として、秩父鉄道でのSL列車運転が実現し、1988年3月19日にC58363が牽くパレオエクスプレスが営業運転を開始しました。・・・と言っても、公式発表されていた運行日程は博覧会期間中までて、短期間のイベント運行なのか、秩父路のSL列車として根付くのかはっきりしませんでしたし、都内から気軽に出掛けられる秩父でのSL運行とあって、沿線は凄い人出。地方の民鉄ですから撮影地もあまり知れていなくて、限られていた定番撮影地は凄まじい状況で営業運転初日を迎えました。私は早朝6時過ぎに当時は足場が広かった白久のカーブへ陣取って、帰りの5002列車は荒川橋りょうで撮影。この日のパレオは3月13日の祝賀列車の時から炭水車に施されたゴールドのロゴマークとランボードのゴールドラインの他に特別な装飾は無く、沿線の人並みの中を走りました。
 初年のパレオは、運行期間も定まっていない状況で走り始めましたから転車台も無くて、下りの5001列車を牽いて三峰口に着いたC58363は、そのままデキが牽く上り5002列車の最後部に連結されて秩父まで運転。秩父構内の秩父セメント東西線(三角線)で転向して、秩父から上り5002列車の先頭に立ちました。5002列車の熊谷到着後、一旦広瀬川原に回送され、再びデキに牽かれて回送で秩父まで行って転向されていました。C58363_88_3_1902

祝賀列車

C58363_88_3_1301_4   C5836号機が秩父鉄道の本線試運転を行ったのは1988年2月22日。試5001・5002列車としてC58363とデキ(電気機関車)の重連単機で入線試運転が行われ、その後は旧型客車4連の後部にデキを従えて試運転が繰り返されました。途中、一日だけ後部にデキを2両連結した日もありました。
 日章旗を掲げたこのシーン。パレオエクスプレスの営業初日だと思われるかもしれませんが、営業開始前の1988年3月13日に運転された祝賀列車です。祝賀イベントは秩父駅で開催され、招待されたお客様も秩父から乗車されたと記憶しています。パレオは秩父市が中心となって設立された埼玉県北部観光振興財団が復活させ、所有は財団で運行は秩父鉄道でしたから、祝賀のイベントも始発駅となる熊谷ではなく秩父で開催されたのでしょうね
 営業運転初日の1988年3月19日は特別な装飾もなく、普通の姿で運転されました。

2007年2月16日 (金)

パレオ復活

C5833_89_2_0703a 1975年10月14日 C57135
C57135が牽いた現役最後の旅客列車が北海道の国鉄室蘭本線で走ったのは1975年10月14日。
1976年7月9日 C11227
日本の鉄道の本線上から汽車が消えた翌年、大井川鉄道大井川本線でC11227が逸早く復活しました。
1979年8月1日 C571
地方民鉄の一社である大井川鉄道での蒸機復活後、ようやく国鉄で蒸気機関車が復活。貴婦人の愛称を持つスマートなボイラーの旅客機はファンを魅了しました。
しかし、採算を考えると難しいようで、その後は蒸機の運行線区が拡大することなく硬直状態。西高東低で、関東に住む私には大井川が唯一の蒸機撮影のターゲットでした。それから10年近く経って突如、秩父鉄道で蒸機が復活するとの噂とそれに続く報道・・・。秩父は電気運転の歴史が古くて汽車なんて寝耳に水。半分信じられないまま、撮ったシーンが1988年2月7日に高崎運転所で行われC58363復活記念の一般公開でした。
 

2007年2月14日 (水)

白いランボード

Paleo_88_3_3_03a_1   復活当初のパレオは、せっかく復活を果たした蒸機に派手な装飾が施され、話題になりました。この画像をご覧になって不思議に思われた方は、かなりベテランのパレオファンでしょうか。
 無装飾の車体に白いランボード。C58363のゴールドのランボードとテンダーのロゴマークが無くなったのは復活から6年目の運行を終えた1993年12月に行われた上越線でのD51498との重連運転から。この時はランボードは黒で、その後の運行ではロッドに紅が差されました。真っ黒な車体に白いランボードで旧客を従えるC58363号機の姿は、手前味噌ですが凄く貴重なシーンで、営業運転開始前の数日間でした。
 1988年3月3日。
入線試運転を終え、客車を従えて入念な試運転を繰り返すSL5001・5002列車。この日は小雨模様で、試運転列車は御花畑から下り方で空転と戦いながら遅延しました。本運転では秩父-三峰口駅間で後部に連結されたデキが当該登り勾配区間においてシリーズノッチで自重軽減することになって、その後の運行では後部にデキが連結されていました。
 現在のパレオは客車こそ12系に変わってしまいましたが、原型に近い姿に戻って運行され、後部のデキも無くなっています。Paleo_88_3_3_01a_1

2007年2月13日 (火)

忘れていた画像

Paleo_deki_88_4_22_02_1 パレオエクスプレスが走り始めたのは1988年3月でして、今年は20周年。あの頃20代だった私も・・・。当時、お父さんやお母さんに連れられて汽車に乗った方々が再び、子供さんの手を引いてパレオと再会するほど時が流れました。何時も元気に走るC58363号機ですが、20年の間には色々なことがありました。2004年の春は全般検査で不具合が発見されて夏まで冬眠から覚めなかったり、2005年はパレオが夏風邪を拗らせてデキ201が代走するELわくわく体験号が走ったり。そんな中でも記録に残っていないのがデキ100形プッシュプルのパレオエクスプレス。運行初年の1988年4月22日。パレオの上り5002列車は寄居発車後動輪の軸受けが過熱。永田駅でC58363が降板して後部補機のデキ100形が機廻しされて先頭に。武川で列車の後部に熊谷-広瀬間回送牽引用のデキ100形が連結され、このシーンが観られました。このカットはネガカラーで撮ったのは覚えていましたが退色が甚だしく、大きな画像をお見せするのは諦めていましたが、モノクロネガを発見。当時は自分で現像していて比較的綺麗な状態で、思わずスキャンしちゃいました。
後部補機のデキもパンタを昇げて、旧客を挟むデキ100形。再び叶うことは無い貴重なシーンだけど、す~かり忘れてたな~

冬眠中

で忘れていけないのは、パレオカラーのデキ201号機。普段はSL列車の回送で活躍したり、時にはイベント列車の先頭に立ったり、独特な風貌と緑亀のような?塗色が魅力的な機関車ですね。
この季節は稀に鉱石列車や甲種輸送を牽いたりしている様子ですが、普段はお昼寝・・・
先日、荒川堤から広瀬川原を眺めたら、気持ち良さそうにお昼寝中。思わず中望遠レンズで撮ってみました。Deki201_0701

2007年2月12日 (月)

C58363 夜の試運転

C5833_89_2_2801a_2 パレオエクスプレスは冬眠中で、私もすっかり撮影から遠ざかっています。突然ですが、気まぐれにブログを作ってみました。Train's Photo GalleryのBBSが放置状態で、ブログのほうが気楽に管理できそうな気もして。
今年はパレオエクスプレスが20周年。ということで、古い画像も改めて紹介していければ。この画像は1989年2月に高操-寄居駅間で運転された試運転列車。C58363に続いて復活を果たしたD51498とトンボ重連となって、改めて観返すと貴重なシーンで、本線を通過する電車のヘッドライトを使って撮影しました。その後は八高線での試運転も無くなってしまいました。

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